Japonés Hablado
Adaptarse a la fonética japonesa (y II)

Durante la Segunda Guerra Mundial un mando de la aviación japonesa nos cuenta algunos fragmentos de diario... En japonés, con la traducción al español y con la transcripción en kanji y kana por gentileza de Juan Manuel Cardona. Los caracteres, dentro del texto en japonés, que aparecen en rojo son partes de las transcripción que no entendemos o no estamos seguros.

昭和17年1月22日 我々はビスマルク群島のラバウルに向かっている。我々の任務はラバウル基地**作戦の援護だ。太平洋はにためにはが美しいが危険がいっぱいだ。しけるきたいはぼろぼろになるしジャングルとおなわらは我々を飲み込むと口を開けて待ち構えている。早く敵と戦ってみたい。訓練で学んだこと実践で試すのは楽しみた。

しょうわじゅうしちねんいちがつにじゅうににち われわれはビスマルクぐんとうのラバウルにむかっている。われわれのにんむはラバウルきち**さくせんのえんごだ。たいへいようはにためにはがうつくしいがきけんがいっぱいだ。しけるきたいはぼろぼろになるしジャングルとおなわらはれわわれをのみこむとくちをあけてもちかまえている。はやくてきとたたかってみたい。じゅんれんでまなんだことじっせんでためすのはたのしみた。

22 de enero de 1942. "Vamos a Rabaul, en el archipiélago de Bismarck. Debemos proteger a nuestras fuerzas cuando ataquen para tomar la base que hay allí. El entorno es muy hermoso, pero hostil: la humedad corroe nuestros aviones y las junglas y el océano parecen un inmenso vacío en el que un hombre y su avión pueden desaparecer sin dejar rastro. La moral es excelente y ardemos en deseos de poner a prueba nuestro entrenamiento."

22 de enero de 1942.mp3 (408Kb.)

昭和17年5月4日 今日補給船が来た。我々は久しぶりのそこくの[あして]ウエイクとラバウルでの勝利祝った。戦闘機パイロットたちは勇敢に戦った。我々の零戦は米軍の飛行機より早く上昇旋回ひこうすることができる。我々はソロモン諸島に向かっている。空母の甲板からたくさんの移送船が見える。 もうすぐ米軍に決定的ないちにちを加えることができると思うと胸がたかない。

しょうわじゅうしちねんごがつよっか きょうほきゅうせんがきた。われわれはひさしぶりのそこくの[あして]ウエイクとラバウルでのしょうりいわった。せんとうきパイロットたちはゆうかんにたたかった。われわれのれいせんはべいぐんのひこうきよりはやくじょうしょうせんかいひこうすることができる。われわれはソロモンしょとうにむかっている。くうぼのかんばんからたくさんのいそうせんがみえる。もうすぐべいぐんにけっていてきないちにちをくわえることができるとおもうとむねがたかない。

4 de mayo de 1942. "Hoy ha llegado el barco de suministros y hemos comido raciones frescas para celebrar las victorias en Wake y Rabaul. Nuestros pilotos de caza lucharon con mucho heroísmo. Además, nuestros Cero pueden subir más, girar más y volar más rápido que los aviones estadounidenses. Navegamos hacia las islas Salomón. Desde la cubierta de mi portaaviones puedo ver muchos transportes de tropas. Espero que en pocos días hayamos asestado un golpe decisivo a los estadounidenses."

4 de mayo de 1942.mp3 (389Kb.)

昭和17年6月4日 太平洋の空は信じられないほど気まぐれだ。突然の雨に飛行機は玩具のかくのようにもびくちゃにされる。我軍の急降下爆撃魚雷撃はにせきの米軍空母に[けいててきなったぎきわたいだ]。 我々はミドウエイという島に今日でもきづくために空母の一台部隊と供に北西に向かっている。米軍としゆうをけいする好機かもしれない。

しょうわじゅうしちねんろくがつよっか たいへいようのそらはしんじられないほどきまぐれだ。とつぜんのあめにひこうきはおもちゃのかくのようにもびくちゃにされる。わがぐんのきゅうこうかばくげきぎょうらいげきはにせきのぐんべいくうぼに[けいててきなったぎきわたいだ]。われわれはミドウエイというしまにきょうでもきづくためにくうぼのいちだいぶたいとともにほくせいにむかっている。べいぐんとしゆうをけいするこうきかもしれない。

4 de junio de 1942. "La meteorología del Pacífico es increíble: tormentas repentinas mueven nuestros aviones como si fueran cometas de niños. Nuestros bombarderos torpederos y en picado dieron golpes letales a los dos portaaviones estadounidenses. En este momento navegamos a toda velocidad hacia el noroeste formando parte de una gran flota de portaaviones para establecer una base en una isla llamada Midway. Puede ser nuestra oportunidad de atraer a los estadounidenses a una batalla decisiva."

4 de junio de 1942.mp3 (383Kb.)


昭和17年8月7日 <こんダイエットは毎日同じものだが力は付く。懸命にをしたが助力部隊をミドウエイをぬりこむことができなかった。ソロモン諸島こそ闘いのほんぱんだ。米軍はソロモン諸島のガダルカナルというしまを侵略する作戦だという。激しく[しゅうせん]で我軍は300百機を失ったらしいと聞いだ。我々も多くの敵を撃墜したがこの戦いについては[かんこうれい]がしかれた。

しょうわじゅうしちねんはちがつなのか こんダイエットはまいにちおなじものだがちからはつく。けんめいにをしたがじょりょくぶたいをミドウエイをぬりこむことができなかった。ソロモンしょとうこそたたかいのほんぱんだ。べいぐんはソロモンしょとのガダルカナルというしまをしんりゃくするさくせんだという。はげしく[しゅうせん]でわがぐんはさんびゃくきをうしなったらしいときいた。われわれもおおくのてきをげきついしたがこのたたかいについては[かんこうれい]がしかれた。

7 de agosto de 1942. "Nuestra dieta es monótona aunque nutritiva. Pese a todos nuestros esfuerzos, no hemos podido lanzar el asalto anfibio contra Midway. Nuestra ofensiva real empezará en las Salomón, donde los enemigos tratan de invadir una isla llamada Guadalcanal. Los combates aéreos cercanos son feroces... he oído que perdimos trescientos aparatos. Aunque también hemos derribado muchos aviones enemigos, se nos ha prohibido hablar de esta batalla."

7 de agosto de 1942.mp3 (389Kb.)

昭和17年10月26日 米軍ばかりでなく天気までを敵に回して戦わなかればならない。第2師団はまだガーダルカナルを奪還できない。ガーダルカナルが我々のものになるまで我部隊は米軍をたたくために飛びつづける。参謀たちは米軍をソロモン諸島から駆逐するために空と海からの決定的な作戦ん考えているという。

しょうわじゅしちねんじゅうがつにじゅうろくにち べいぐんばかりでなくてんきまでをてきにまわしてたたかわなかればならない。だいにしだんはまだガーダルカナルをだっかんできない。ガーダルカナルがわれわれのものになるまであがぶたいはべいぐんをたたくためにとびつづける。さんぼうたちはべいぐんをソロモンしょとうからくちくするためにそらとうみからのけっていてきなさくせんんかんがええているという。

26 de octubre de 1942. "La meteorología es tan peligrosa como el enemigo. Nos hemos enterado de que, a pesar de nuestros esfuerzos, las tropas de elite de la Segunda división no han podido recuperar Guadalcanal, por lo que tendremos que seguir volando y luchando contra los estadounidenses que hay allí. Los estrategas nos prometen una gran batalla naval con la que expulsaremos definitivamente a los estadounidenses de las islas Salomón. Ya veremos."

26 de octubre de 1942.mp3 (383Kb.)

昭和17年8月24日 我軍はガーダルカナルとの米軍部隊にたちてよさない攻撃をつづけている。私は多くの部下を失った。ここでは米軍にやられるか、さもなければ熱病か墜落してさめの**きっとがある。全てが我々がガーダルカナルで敵の[くうせんびょうく]をたたきつぶつことにかかっている。私の部下は最高の訓練を受け、経験持つんだ世界一パイロットたちだ。このこと、もう一度証明して見せてやろう。

しょうわじゅうしちねんはちがつにじゅうよっか わがぐんはガーダルカナルとのべいぐんぶたいにたちてよさないこうげきをつづけている。わたしはおおくのぶかをうしった。ここではべいぐんにやられるか、さもなければねつびょうかついらくしてさめの**きっとがある。すべてがわれわれがガーダルカナルでてきの[くうせんびょうく]をたたきつぶつことにかかっている。わたしのぶかはさいこうのぐんれんをうけ、けいけんもつんだせかいいちパイロットたちだ。このこと、もういちどしょうめいしてみせてやろう。

24 de agosto de 1942. "Volamos de forma incesante contra las fuerzas estadounidenses que ocupan Guadalcanal. He perdido muchos hombres. Si los estadounidenses no los encuentran lo harán los tiburones; o las enfermedades si realizan un aterrizaje forzoso en una isla. Es tan importante lo que está en juego que debemos terminar con la oposición aérea en Guadalcanal. Mis hombres son los pilotos de combate mejor entrenados y puestos a prueba del mundo, lo que sin duda tendremos ocasión de demostrarlo de nuevo."

24 de agosto de 1942.mp3 (383Kb.)

昭和18年2月一日 敵は近くにいる。毎日に繰り広げられるサローモン諸島での攻防にパイロットたちしっかりきている。**の地上部隊輸送船でおきこまれてくる *** こそいかけてくる米軍戦闘機から彼らを守らなければならない。本国では皆どんなに激しい闘い繰り広がれているかを知っているのだろうか?

しょうわじゅうはちねんにがつついたち てきはちくにいる。まいにちにくりひろげられるサローモンしょとうでのこうぼうにパイロットたちしっかりきている。**のちじょうぶたいゆうそうせんでおきこまれてくる *** こそいかけてくるべいぐんせんとうきからからをまもらなければならない。ほんごくではみんなどんなにはげしいたたかいくりひろがれているかをしっているのだろうか?

1 de febrero de 1943. "Nuestras raciones se reducen a arroz con cebada, lo que lamentablemente es inadecuado. No parece que hagamos mella en las fuerzas aéreas americanas... son tantos que cada vez es más difícil conseguir un derribo. ¡Daría cualquier cosa por tener los pilotos que tenía antes de Midway! Para sobrevivir a los ataques aéreos cercanos hará falta ahora más concentración y habilidad que nunca."

1 de febrero de 1943.mp3 (389Kb.)

昭和18年11月18日 食事は大麦をませた米だ。こんなもので力がはずがない。米軍の**ダメージはたいているとは思えない敵のかずがも過ぎていまは撃ち落すのもひと苦労だ。ミドワエイで死んだパイロットたちが今ここに行ってくれた。今まで以上に技をみがき重々してかからなければ生き延びるが難しい。

しょうわじゅうはちねんじゅういちがつじゅうはちにち しょくじはおおむぎをませたこめだ。こんなものでちからがはずがない。べいぐんの**ダメージはたいているとはおもえない。てきのかずがもすぎていまはおちおとすのもひとくろうだ。ミドワエイでしんだパイロットたちがいまここにいってくれた。いままでいじょうにわざをみがきじゅうじゅうしてかからなければいきのびるがむずしい。

18 de noviembre de 1943. "El enemigo está cerca. En las islas Salomón los combates son casi diarios, así que mis hombres y yo estamos agotados. Llegan más refuerzos terrestres en los transportes, a los que tenemos que proteger contra los cazas estadounidenses. ¡Me pregunto si en casa sabrán con qué violencia se combate aquí!"

18 de noviembre 1943.mp3 (408Kb.)

昭和19年1月29日 今日も雨だ。ラバウルもソロモン諸島も失うかもしれない。すでに多くのパイロットが死んだ。これからは日本の近くの島々をために戦力をつくすことになるだろう。補充兵たちは勇敢だが、このしれつな戦闘を生き延びるのは経験不足だ。私も今日一日を生き延びるだけでせいっぱいだ。

しょうわじゅうくねんいちがつにじゅうくにちきょうもあめだ。ラバウルもソロモンしょとうもうしうかもしれない。すでにおおくのパイロットがしんだ。これからはにっぽんのちくのしまじまをためにせんりょくをつくすことになるだろう。ほじゅうへいたちはゆうかんだが、このしれつなせんとうをいきのびるのはけいけんぶそくだ。わたしもきょういちにちをいきのびるだけでせいっぱいだ。

29 de enero de 1944. "Sigue lloviendo. Parece que hemos perdido Rabaul... y posiblemente también las Salomón. Hemos perdido muchos pilotos. Ahora nos concentraremos en defender una cadena de islas cercanas a Japón. Nuestros refuerzos tienen valor, pero no la experienci¡a que es necesaria para sobrevivir. No obstante, a veces me siento aliviado sólo por haber sobrevivido un día más."

29 de enero de 1944.mp3 (383Kb.)

昭和19年6月19日 また新しい一日が始まる。撃ち落としても、撃ち落としても、敵は次々にはいってくる。しかし、[くいとめ]なければならない。米軍の潜水艦にうって、本国では生活ひとじゅひんの補給をたたれているようだ。祖国を侵略させるわけにはいかない。うわさでは本国の状況もかなりひどいようだ。 [みんなはおくいしばってたいっているというはなしたが]、食糧も燃料もなく工場もほとんど動いていないらしい。

しょうわじゅうくねんろくがつじゅうくにち またあたらしいいちにちがはじまる。うちおとしても、うちおとしても、てきはつぎつぎにはいってくる。しかし、[くいとめ]なければならない。べいぐんのせんすいかんにうって、ほんごくではせいかつひとじゅひんのほきゅうをたたれているようだ。そこくをしんりゃくさせるわけにはいかない。うわさではほんごくのじょうたいもかなりひどいようだ。[みんなはおくいしばってたいっているというはなしたが]、しょくりょうもねんりょうもなくこうじょうもほとんどうごいていないらしい。

19 de junio de 1944. "Empieza un nuevo día. Ante mí no veo más que enemigos y tengo que detenerlos. Es inaceptable que nuestras islas puedan ser atacadas o invadidas. No hay ninguna noticia positiva de casa, todo el mundo trata de sobrevivir y mantener alta la moral, pero escasea la comida y el combustible; además, las fábricas están casi paradas."

19 de junio de 1944.mp3 (408Kb.)

昭和19年9月9日 しんぺい訓練のために横須賀に呼びのぼされることになった。情感はそれが私にできる重要な仕事だというが、私は全然に残りたい。しかし故郷に帰って、家族には会いたい。命令どおりここを放れるが、私の心は祖国を守るために全然で戦う[せにょう]たちとともにある!

しょうわじゅうくねんくがつここのか しんぺいくんれんのためによこすかによびのぼされることになった。じょうかんはそれがわたしにできるじゅうようなしごとだというが、わたしはぜんぜんにのこりたい。しかしこきょうにかえって、かぞくにはあいたい。めいれいどおりここをはなれるが、わたしのこころはそこくをまもるためにぜんぜんでたたかうう[せにょう]たちとともにある!

9 de septiembre de 1944. "Me han dicho que me van a enviar a Yokosuka para entrenar a los nuevos reclutas. Deseo volver a ver mi casa y a mi familia... ¡les echo tanto de menos! Obedeceré las ordenes, pero mis pensamientos se quedarán con los hombres que permanecen aquí en defensa de nuestra nación."

9 de septiembre de 1944. mp3 (363Kb.)



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