吾輩は猫である。
夏目漱石

© Ignacio Suárez Beauville
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吾輩は猫である。名前はまだない。

どこで生れたかとんと見当がつかぬ。なんでも 薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いてい たことだけは記憶している。吾輩はここではじ めて人間というものを見た。しかもあとで聞く とそれは書生という人間の中でいちば獰悪な 種族であったそうだ。この書生というのは時々 我々をつかまえて煮て食うという話である。し かしその当時はなんという考えもなかったから べつだん恐ろしいとも思わなかった。ただ彼の 手のひらにのせられてスーと持ち上げられた時 なんだかフワフワした感じがあったばかりであ る。手のひらの上で少し落ちついて書生の顔を 見たのがいわゆる人間というものの見始めであ ろう。この時妙なものだと思った感じが今でも 残っている。第一毛をもって装飾されべきはず の顔がつるつるしてまるで薬罐だ。その後猫に もだいぶ会ったがこんな片輪には一度も出くわ したことがない。のみならず顔のまんまん中が あまりに突起している。そうしてその穴の中か ら時々ぷうぷうと煙を吹く。どうもむせぱくて じつに弱った。これが人間の飲む煙草というも のであることをようやくこのごろ知った。

この書生の手のひらのうちでしばらくはよい 心持ちにすわっておったが、しばらくすると非常 な速力で運転し始めた。書生が動くのか自分だ けが動くのかわからないがむやみに目が回る。 胸が悪くなる。。とうてい助からないと思って いると、どさりと音がして目から火が出た。そ れまでは記憶しているがあとはなんのことやら いくら考えだそうとしてもわからない。

ふと気がついてみると書生はいない。たくさ のった兄弟が一匹も見えぬ。肝心の母親さえ姿 を隠してしまった。その上今までの所とは違っ てむやみに明るい。目を明いていられなぬくら いだ。はてなんでも様子がおかしいとのそのそ はい出してみると非常に痛い。吾輩は藁の上か ら急に笹原の中へ捨てられたのである。

ようやくの思いで笹原をはい出すと向こうに大 きな池がある。吾輩は池の前にすわってどうし たらよかろうと考えてみた。べつにこれという 分別も出ない。しばらくして泣いたら書生がま た迎いに来てくれるかと考えついた。ニャー、 ニャーと試みにやってみたがだれも来ない。

そのうち池の上をさらさらと風が渡って日が 暮れかかる。腹が非常に減ってきた。泣きたくて も声が出ない。しかたがない、なんでもよいか ら食い物のある所まで歩こうと決心をしてそろ りそろりと池を左に回り始めた。どうも非情に 苦しい。そこを我慢して無理やりにはって行く とようやくのことでなんとなく人間臭い所へ出 た。ここへはいったら、どうになると思って 竹垣のくずれた穴から、とある邸内にもぐり込ん だ。縁は不思議なもので、もしこの竹垣が破れ ていなかったなら、吾輩はついに路傍に餓死し たかもしれんのである。一樹の陰とはよく言っ たものだ。この垣根の穴は今日に至るまで吾輩 が隣家の三毛を訪問する時の通路になってい る。さて屋敷へは忍び込んだもののこれから先 どうしていいかわからない。そのうちに暗くな る、腹は減る、寒さは寒し、雨が降ってくると いう始末でもう一刻も猶予ができなくなった。 しかたがないからとにかく明るくて暖かそうな 方へ方へと歩いて行く。今から考えるとその時 はすでに家の内にはいっておったのだ。ここで 吾輩はかの書生以外の人間を再び見るべき機会 に遭遇したのである。第一に会ったのがおさん である。これは前の書生よりいっそう乱暴なほ うで吾輩を見るやいなやいきなり首筋をつかん で表へほうり出した。いやこれはだめだと思っ たから目をぬぶって運を天に任せていた。しか しひもじいのと寒いのにはどうしても我慢がで きん。吾輩は再びおさんのすきを見て台所へは い上がった。するとまもなくまた投げ出され た。吾輩は投げ出されてははい上がり、はい上 がっては投げ出され、なんでも同じことを四、 五へんくり返したのを記憶している。その時に おさんという者はつくづくいやになった。この あいだおさんのさんまを盗んでこの返報をして やってから、やっと胸のつかえがおりた。吾輩 が最後につまみ出されようとした時に、この家 の主人が騒々しいなんだと言いながら出て来 た。下女は吾輩をぶら下げて主人の方へ向けて この宿なしの子猫がいくら出しても出してもお 台所へ上がって来て困りますと言う。主人は鼻 の下の黒い毛をひぬりながら吾輩の顔をしばら くながめておったがやがてそんなら内へ置いて やれと言ったまま奥へはいってしまった。主人 はあまり口をきかぬ人とみえた。下女はくやし そうに吾輩を台所へほうり出した。かくして 吾輩はついにこの家を自分の住み家ときめること にしたのである。

吾輩の主人はめったに吾輩と顔を合わせること がない。職業は教師だそうだ。学校から帰ると 終日書斎にはいったぎりほとんど出て来ること はない。家の者はたいへんな勉強家であるかの ごとく見せている。しかし実際は家の者がいう ような勤勉家ではない。吾輩は時々忍び足に彼 の書斎をのぞいてみるが、彼はよく昼寝をして いることがある。時々読みかけてある本の上に よだれをたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が 淡黄色を帯びて弾力のない不活発な徴候をあら わしている。そのくせに大飯を食う。大飯を 食ったあとでタカジャスターゼを飲む。飲んだ あとで書物をひろげる。二、三ページを読むと 眠くなる。よだれを本の上へたらす。これが彼 の毎夜くり返す日課である。吾輩は猫ながら 時々考えることがある。教師というものはじつ に楽なものだ。人間と生れるものなら教師とな るに限る。こんなに寝ていて勤まるまもなら猫 にでもできぬことはないと。それでも主人に 言わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は 友だちが来るたびになんとかかんとか不平を 鳴らしている。

吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、主人以外の 者にははなはだ不人望であった。どこへ行って もはねつけられて相手にしてくれる手がなかっ た。いかに珍重されなかったかは、今日に至る まで名前さえつけてくれないのでもわかる。吾 輩はしかたがないから、できうる限り吾輩を入 れてくれた主人のそばにいることをつとめた。 朝主人が新聞を読む時は必ず彼のひざの上に 乗る。彼が昼寝をする時は必ずその背中に乗る。 これはあながち主人が好きというわけではない がべつにかまい手がなかったからやむをえんの である。その後いろいろ経験の上、朝は飯櫃の 上、夜は炬燵の上、天気のよい昼は縁側へ寝る こととした。しかしいちばん心持ちのいいのは 夜に入ってここの家の子供の寝床へもぐり込ん でいっしょに寝ることである。この子供という のは五つと三つで夜になると二人が一つ床へは いって一間へ寝る。吾輩はいつも彼等の中間に おのれを容るべき余地を見いしてどうにか、こ うにか割り込むのであるが、運悪く子供の独り が目をさますが最後たいへんなことになる。 子供はーーことに小さいほうがたちが悪いーー 猫が来た猫が来たといって夜中でもなんでも大き な声で泣きだすのである。すると例の神経胃弱 性の主人は必ず目をさまして次の部屋から飛び 出してくる。現にせんだってなどは物さしで 尻ぺたをひどくたたかれた。

吾輩は人間と同居して彼らを観察すればするほ ど、彼らはわがままなものだと断言せざるをえ ないようになった。ことに吾輩が時々同衿する 子供のごときに至っては言語道断である。自分 のかってな時は人を逆さにしたり、頭へ袋をか ぶせたり、ほうり出したり、へっついの中へ 押し込んだりする。しかも吾輩のほうで少しでも 手出しをしようものなら家内総がかりで追い回 して迫害を加える。このあいだもちょっと畳で 爪をといだら細君が非常におこってそれから 容易に座敷へ入れない。台所の板の間でひとがふ るえていてもいっこう平気なものである。吾輩 の尊敬する筋向こうの白君などは会うたびごと に人間ほど不人情なものはないと言っておらる る。白君は先日玉のような子猫を四匹生まれた のである。ところがそこの家の書生が三日目に そいつを裏の池へ持って行って四匹ながら捨て て来たそうだ。白君は涙を流してその一部始終 を話した上、どうしても我ら猫族が親子の愛を まったくして美しい家族的生活をするには人間 と戦ってこれを剿滅せねばならぬと言われた。 一々もっともの議論と思う。また隣りの三毛君 などは人間が所有権ということを解していない といって大いに憤慨している。元来我々同族間 では目ざしの頭でも鰡の臍でもいちばん先に見 し相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えて よいくらいのものだ。しかるに彼ら人間はごう もこの観念がないとみえて我らが見つけたごち そうは必ず彼らはその強力を頼んで正当に吾人 が食いうべきものを奪ってすましている。白君 は軍人の家におり三毛君は代言の主人を持って いる。我輩は教師の家に住んでいるだけ、こん なことに関すると両君よりもむしろ楽天であ る。ただその日その日がどうにかこうにか送ら れればよい。いくら人間だって、そういつまで も栄えることもあるまい。まあ気を長く猫の 時節を待つがよかろう。

わがままで思い出したからちょっと吾輩の家の 主人がこのわがままで失敗した話をしよう。 元来この主人はなんといって人にすぐれてできる こともないが、なんいでもよく手を出したが る。俳句をやってほととぎすへ投書をしたり、 新体詩を明星へ出したり、間違いだらけの英文 を書いたり、時によると弓に凝ったり、謡を 習ったり、またある時はヴァイオリンなどを ブーブー鳴らしたりするが、気の毒なことに は、どれもこれもものになっておらん。そのく せやりだすと胃弱のくせにいやに熱心だ。後架 の中で謡をうたって、近所で後架先生とあだ名 をつけられているにも関せずいっこう平気なも ので、やはりこれは平の宗盛にて候をくり返し ている。みんがそら宗盛だとふきだすくらいで ある。この主人がどういう考えになったものか 吾輩の住み込んでからひと月ばかりのちのある 月の月給日に、大きな包みをさげてあわただし く帰って来た。何を買って来たのかと思うと 水彩絵の具と毛筆とワットマンという紙できょう から謡や俳句をやめて絵をかく決心とみえた。 はたして翌日から当分のあいだというものは 毎日々々書斎で昼寝もしないで絵ばかりかいてい る。しかしそのかきあげたものを見ると何をか いたものやらだれにも鑑定がつかない。当人も あまりうまくないと思ったものか、ある日その 友人で美学とかをやっている人が来た時に下の ような話をしているのを聞いた。

「どうもうまくかけないものだね。ひとのを見 るとなんでもないようだがみずから筆をとって みると今さらのようにむずかしく感ずる」これ は主人の述懐である。なるほどいつわりのない ところだ。彼の共は金縁のめがね越しに主人の 顔を見ながら、「そう初めから上手にはかけな いさ、第一室内の想像ばかりで絵がかけるわけ のもではない。昔イタリーの大家アンドレア・ デル・サルトが言ったことがある。絵をかくな らなんでも自然そのものを写せ。天に星辰あ り。地に露華あり。飛ぶ鳥あり。走るに獣あ り。池に金魚あり。枯木に寒鴉あり。自然はこ れ一幅の大活画なりと。どうだ君も絵らしい絵 をかこうと思うならちと写生をしたら」

「へえアンドレア・デル・サルトがそんなこと を言ったことがあるかい。ちっとも知らなかっ た。なるほどこりゃもっともだ。じつにそのと おりだ」と主人はむやみに感心している。金縁 の裏にはあざけるような笑いが見えた。

その翌日吾輩は例のごとく縁側に出て心持ちよ く昼寝をしていたら、主人が例になく書斎から 出て来て吾輩の後ろで何かしきりにやってお る。ふと目がさめて何をしているかと一分ばか り細目に目をあけて見ると、彼は余念もなくア ンドレア・デル・サルトをきめこんでいる。吾 輩はこのありさまを見て覚えず失笑するのを 禁じえなかった。彼は彼の友に揶揄せられたる結 果としてまず手初めに吾輩を写生しつつあるの である。吾輩はすでに十分寝た。あくびがした くてたまらない。しかしせっかく主人が熱心に 筆を執っているのを動いては気の毒だと思う て、じっと辛抱しておった。彼は今吾輩の輪郭 をかきあげて顔のあたりを色どっている。吾輩 は猫としてけっして上乗のできではない。背と いい毛並みといい顔の造作といいあえて他の猫 にまさるとはけっして思っておらん。しかしい くら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に描き出 されつつあるような妙な姿とは、どうしても思 われない。第一色が違う。吾輩はペルシャ産の 猫のごとく黄を含める淡灰色に漆のごとき斑入 りの皮膚を有している。これだけはだれが見て も疑うべからざる事実と思う。しかるに今主人 の彩色を見ると、黄でもなければ黒でもない。 灰色でもなければ褐色でもない、さればとてこ れらを交ぜた色でもない。その上不思議なこと は目がない。もっともこれは寝ているところを 写生したのだから無理もないが目らしい所さえ 見えないから盲猫だか寝ている猫だか判然しな いのである。吾輩は心中ひそかにいくらアンド レア・デル・サルトでもこれではしようがない と思った。しかしその熱心には感服せざるをえ ない。なるべくなら動かずにおってやりたいと 思ったが、さっきから小便が催している。身内 の筋肉はむずむずする。もはや一分も猶予がで きぬ仕儀となってから、やむをえず失敬して 両足を前へ存分のして、首を低く押し出してあー あと大なるあくびをした。さてこうなってみる と、もうおとなしくしていてもしかたがない。 どうせ主人の予定はぶちこわしたのだから、つ いでに裏へ行って用を足そうと思ってのそのそ はい出した。すると主人は失望と怒りをかきま ぜたような声をして、座敷の中から「このばか やろう」とどなった。この主人は人をののしる 時は必ずばかやろうというのが癖である。ほか に悪口の言いようを知らないのだからしかたが ないが、今まで辛抱した人の気も知らないで、 むやみにばかやろう呼ばわりは失敬だと思う。 それも平生吾輩が彼の背中へ乗る時に少しはい い顔でもするならこの漫罵も甘んじて受ける が、こっちの便利になることは何一つ快くして くれたこともないのに、小便に立ったのをばか やろうとはひどい。元来人間というのものは 自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人 間より強いものが出て来ていじめてやらなくて はこの先どこまで増長するかわからない。

わがままもこのくらいなら我慢するが吾輩は人 間の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき 報道を耳にしたことがある。

吾輩の家の裏に十坪ばかりの茶園がある。広く はないがさっぱりとした心持ちよく日の当たる 所だ。うちの子供があまり騒いで楽々昼寝ので きない時や、あまり退屈で腹かげんのよくない 折などは、吾輩はいつでもここへ出て浩然の気 を養うのが例である。ある小春の穏やかな日の 二時ごろであったが、吾輩は昼飯後快く一睡し たのち、運動かたがたこの茶園へと歩を運ばし た。茶の木の根を一本々々かぎながら、西側の 杉垣のそばまで来ると、枯れ菊を押し倒してそ の上に大きな猫が前後不覚に寝ている。彼は 吾輩の近づくのもいっこう心づかざるごとく、ま た心づくも無頓着なるごとく、大きないびきを して長長とからだを横たえて眠っている。ひと の庭内に忍び入りたる者がかくまで平気に眠ら れるものかと、吾輩はひそかにその大胆なる 度胸に驚かざるをえなかった。彼は純粋の黒猫で ある。わずかに午を過ぎたる太陽は、透明なる 光線を彼の皮膚の上に投げかけて、きらきらす る和毛のあいだより目に見えぬ炎でも燃えいず るように思われた。彼は猫中の大王ともいうべ きほどの偉大なる体格を有している。吾輩の倍 はたしかにある。吾輩は嘆賞の念と、好奇の心 に前後を忘れて彼の前に佇立して余念もなくな がめていると、静かなる小春の風が、杉垣の上 から出たる梧桐の枝を軽く誘ってばらばらと 二、三枚の葉が枯れ菊の茂みに落ちた。大王は かっとそのまん丸の目を開いた。今でも記憶し ている。その目は人間の珍重する琥珀というも のよりもはるかに美しく輝いていた。枯れは身 動きもしない。双眸の奥から射るごとき光を 吾輩の矮小なる額の上にあつめて、おめえはいっ たいなんだと言った。大王にしては少々言葉が いやしいと思ったがなにしろその声の底に犬を もひとしくべき力がこもっているので吾輩は少 なからず恐れを抱いた。しかし挨拶をしないと けんのんだと思ったから「吾輩は猫である。 名前はまだない」となるべく平気を装って冷然と 答え他。しかしこの時吾輩の心臓はたしかに平 時よりはげしく鼓動して折った。彼は大いに 軽蔑せる調子で「何、猫だ?猫が聞いてあきれら あ。ぜんてえどこに住んでるんだ」ずいぶん 傍若無人である。「吾輩はここの教師の家にいる のだ」「どうせそんなことだろうと思った。い やにやせてるじゃねえか」と大王だけに気炎を 吹きかける。言葉つきから察するとどうも良家 の猫とも思われない。しかしそのあぶらぎって 肥満しているところを見るとごちそうを食って るらしい、豊かに暮らしているらしい。吾輩は 「そういう君はいったいだれだい」と聞かざる をえなかった「おれあ車屋の黒よ」昂然たるも のだ。車屋の黒はこの近辺で知らぬ者なき乱暴 猫である。しかし車屋だけに強いばかりでっち とも教育がないからあまりだれも交際しない。 同盟敬遠主義の的になっているやつだ。吾輩は 彼の名を聞いて少々尻こそばゆき感じを起こす と同時に、一方では少々軽蔑の念も生じたので ある。吾輩はまず彼がどのくらい無学であるか をためしてみよと思って左の問答をしてみた。

「いったい車屋と教師とはどっちがえらいだろ う」

「車屋のほうが強いにきまっていらあな。おめ えのうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかり だぜ」

「君も車屋の猫だけにだいぶ強そうだ。車屋に いるとごちそうが食えるとみえるね」

「なあにおれなざ、どこの国へ行ったって食い 物に不自由はしねえつもりだ。おめえなんかも 茶畠場仮ぐるぶる回っていねえで、ちっとおれ のあとへくっついて来てみねえ。ひと月とたた ねえうちに見違えるように太れるぜ」

「おってそう願うことにしよう。しかし家は 教師のほうが車屋より大きいのに住んでいるよう に思われる」

「べらぼうめ、家なんかいくら大きくたって腹 の足しになるもんか」

彼は大いにかんしゃくにさわった様子で、寒竹 をそいだような耳を仕切とぴくつかせてあらら かに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己になっ たのはこれからである。

その後吾輩はたびたび黒と邂逅する。邂逅する ごとに彼は車屋相当の気炎を吐く。先に吾輩が 耳にしたという不徳事件もじつは黒から聞いた のである。

ある日例のごとく吾輩と黒は暖かい茶畠の中で 寝ころんでながらいろいろ雑談をしていると、 彼はいつもの自慢話をさも新しそうにくり返し 立後で、吾輩に向かって下のごとく質問した。 「おめえは今までに鼠を何匹とったことがあ る」知識は黒よりもよほど発達しているつもり だが腕力と勇気とに至ってはとうてい黒の比較 にはならないと覚悟はしていたものの、この 問いに接したる時は、さすがにきまりがよくな かった。けれども事実は事実で偽るわけにはゆ かないから、吾輩は「じつはとろうとろうと 思ってまだとらない」と答えた。黒は彼の鼻の 先からぴんとつっぱっている長い髭をびりびり と震わせて非常に笑った。元来黒は自慢をする だけにどこかたりないところがあって、彼の 気炎を感心したように咽喉をころころ鳴らして 謹聴していればはなはだ御しやすい猫である。 吾輩は彼と近づきになってからすぐにこの呼吸を 飲み込んだからこの場合にもなまじいおのれを 弁護してますます形勢を悪くするのも愚であ る、いっそのこと彼に自分の手がら話をしゃべ らしてお茶を濁すにしくはないと思案を定め た。そこでおとなしく「君などは年がら年であ るからだいぶんとったろう」とそそのかしてみ た。果然彼は墻壁の欠所に吶喊して来た。「た んとでもねえが三、四十はとったろう」とは 得意げなる彼の答えであった。彼はなお語をつづ けて「鼠の百や二百は一人でいつでも引き受け るがいたちってえやつは手に合わねえ。一度い たちに向かってひどい目に会った」「へえなる ほど」とあいずちを打つ。黒は大きな目をばち つかせて言う。「去年の大掃除の時だ。うちの 亭主が石灰の袋を持って縁の下へはい込んだら おめえ大きないたちのやろうがめんくらって 飛び出したと思いねえ」「ふん」と感心してみせ る。「いたちってけどもなに鼠の少し大きいぐ れえのものだ。こんちきしょうって気で追っか けてとうとうどぶの中へ追い込んだと思いね え」「うまくやったね」と喝彩してやる。「と ころがおめえいざってえ段になるとやつめ最 後っ屁をこきやがった。臭えの臭くねえのって それからってえものはいたちを見ると胸が悪く ならあ」彼はここに至ってあたかも去年の臭気 を今なお感ずるごとく前足を揚げて鼻の頭を 二、三べんなで回した。吾輩も少々気の毒な感 じがする。ちっと景気をつけてやろうと思って 「しかし鼠なら君ににらまれては百年目だろ う。君はあまり鼠をとるのが名人で鼠ばかり食 うものだからそんなに肥って色つやがいいのだ ろう」黒のごきげんをとるためのこの質問は 不思議にも反対の結果を呈出した。彼は喟然とし て大息して言う。「考えるとつまらねえ。いく らかせいで鼠をとったってーーいってえ人間ほ どふてえやつは世の中にいねえぜ。ひとのとっ た鼠をみんな取り上げやがって交番へ持って行 きゃあがる。交番じゃだれがとったかわからね えからそのたんびに五銭ずつくれるじゃねえ か。うちの亭主なんかおれのおかげでもう一円 五十銭くらいもうけていやがるくせに、ろくな ものを食わせたこともありゃしねえ。おい人間 てものあ体のいい泥棒だぜ」さすが無学の黒も このくらいの理屈はわかるとみえてすこぶるお こった様子で背中の毛を逆立てている。吾輩は 少々気味が悪くなったからいいかげんにその場 をごまかして家へ帰った。この時から吾輩は けっして鼠をとるまいと決心した。しかし黒の 子分になって鼠以外のごちそうをあさって歩く こともしなかった。ごちそうを食うよりも寝て いたほうが気楽でいい。教師の家にいると猫も 教師のような性質になるとみえる。用心しない と今に胃弱になるかもしれない。

教師といえば吾輩の主人も近ごろに至ってはと うてい水彩画において望みのないことを悟った ものとみえて十二月一日の日記にこんなことを 書きつけた。

○○という人にきょうの会ではじめて出会っ た。あの人はだいぶ放蕩をした人だというがな るほど通人らしい風采をしている。こういうた ちの人は女に好かれるものだから○○が放蕩を したというよりも放蕩をするべく余儀なくせら れたというのが適当であろう。あの人の細君は 芸者だそうだ、うらやましいことである。元来 放蕩家を悪くいう人の大部分は放蕩をする資格 のない者が多い。また放蕩家をもって自任する 連中のうちにも、放蕩する資格のない者が多 い。これらは余儀なくされないのに無理に進ん でやるのである。あたかも吾輩の水彩画におけ るがごときものでとうてい卒業する気づかいは ない。しかるにも関せず、自分だけは通人だと 思ってすましている。料理屋の酒を飲んだり 待合へはいるから通人となりうるという論が立つ なら、吾輩もひとかどの水彩画家になりうる 理屈だ。吾輩の水彩画のごときはかかないほうが ましであると同じように、愚昧なる通人よりも 山出しの大野暮のほうがはるかに上等だ。

通人論はちょっと首肯しかねる。また芸者の 細君をうらやましいなどというところは教師とし ては口にすべからざる愚劣の考えであるが、 自分の水彩画における批評眼だけはたしかなもの だ。主人はかくのごとく自知の明あるにも関せ ずその自惚心はなかなか抜けない。中二日おい て十二月四日の日記にこんなことを書いてい る。

ゆうべはぼくが水彩画を書いて到底ものになら んと思って、そこらにほうっておいたのをだれ かが立派な額にして欄間にかけてくれた夢を見 た。さて額になったところを見ると我ながら急 に上手になった。非常にうれしい。これなら 立派なものだとひとりでながめ暮らしていると、 夜が明けて目がさめてやはり元のとおり下手で あることが朝日とともに明瞭になってしまっ た。

主人は夢のうちまで水彩画の未練をしょって歩 いているとみえる。これでは水彩画家はむろん 夫子のいわゆる通人にもなれないたちだ。

主人が水彩画を夢に見た翌日例の金縁めがねの 美学者が久しぶりで主人を訪問した。駆れは座 につくと劈頭第一に「絵はどうかね」と口を きった。主人は平気な顔をして「君の忠告に 従って写生を努めているが、なるほど写生をす ると今まで気のつかなかった物の形や、色の 精細な変化などがよくわかるようだ。西洋では昔 から写生を主張した結果今日のように発達した ものと思われる。さすがアンドレア・デル・サ ルトだ」と日記のことはおくびにも出さない で、またアンドレア・デル・サルトに感心す る。美学者は笑いながら「じつは君、あれはで たらめだよ」と頭をかく。「何が」と主人はま だいつわられたことに気がつかない。「何がっ て君のしきりに感服しているアンドレア・デル ・サルトさ。あれはぼくのちょっと捏造した話 だ。君がそんなにまじめに信じようとは思わな かったハハハハ」と大喜悦のていである。吾輩 は縁側でこの対話を聞いて彼のきょうの日記に はいかなることが記さるるであろうかとあらか じめ想像せざるをえなかった。この美学者はこ んないいかげんなことを吹き散らして人をかつ ぐのを唯一の楽しみにしている男である。彼は アンドレア・デル・サルト事件が主人の情線に いかなる響きを伝えたかをごうも顧慮せざるも ののごとく得意になって下のようなことをしゃ べった。

「いや時々冗談を言うと人が真に受けるので 大いに滑稽的美感を挑発するのはおもしろい。せ んだってある学生にニコラス・ニックルベーが ギボンに忠告して彼の一世なる大著述なる佛国 革命史を佛語で書くのをやめにして英文で出版 させたと言ったら、その学生がまたばかに記憶 のよい男で、日本文学会の演説会でまじめにぼ くの話したとおりをくり返したのは滑稽であっ た。ところがその時の傍聴者は約百名ばかりで あったが、皆熱心にそれを傾聴しておった。そ れからまだおもしろい話がある。せんだってあ る文学者のいる席でハリソンの歴史小説セオ ファーノの話が出たからぼくはあれは歴史小説 のうちで白眉である。ことに女主人公が死ぬと ころは鬼気人を襲うようだと評したら、ぼくの 向こうにすわっている知らんと言ったことのな い先生が、そうそうあすこはじつに名文だと 言った。それでぼくはこの男もやはりぼく同様 この小説を読んでおらないということを知っ た」神経胃弱性の主人は目を丸くして問いかけ た。

「そんなでたらめを言ってもし相手が読んでい たらどうするつもりだ」あたかも人を欺くのは さしつかえない、ただ化けの皮があらわれた時 は困るじゃないかと感じたもののごとくであ る。美学者は少しも動じない。「なにその時ゃ 別の本と間違えたとかなんとか言うばかりさ」 と言ってけらけら笑っている。この美学者は 金縁のめがねはかけているがその性質が車屋の黒 に似たところがある。主人は黙って日の出を輪 に吹いて吾輩にはそんな勇気がないといわんばか りの顔をしている。美学者はそれだから絵をか いてもだめだという目つきで「しかし冗談は冗 談だが絵というものはじっさいむずかしいもの だよ。レオナルド・ダ・ビインチは門下生に 寺院の壁のしみを写せと教えたことがあるそう だ。なるほど雪隠などにはいって雨の漏る壁を 余念なくながめていると、なかなかうまい模様 画が自然にできているぜ。君注意して写生して みたまえきっとおもしろいものができるから」

「まただますのだろう」「いえこれだけはたし かだよ。じっさい奇警な語じゃないか、ダ・ビ インチでも言いそうなことだあね」「なるほど 奇警には相違ないな」と主人は半分降参をし た。しかし彼はまだ雪隠で写生はせぬようだ。

車屋の黒はその後びっこになった。彼の光沢あ る毛はだんだん色がさめて抜けてくる。吾輩が 琥珀よりも美しい評した彼の目には目やにが いっぱいたまっている。ことに著しく吾輩の 注意をひいたのは彼の元気の消沈とその体格の 悪くなったことである。吾輩が例の茶園で彼に 会った最後の日、どうだと言って尋ねたら「い たちの最後っ屁とさかな屋の天秤棒にはこりご りだ」と言った。

赤松のあいだに二、三段の紅をつづった紅葉は 昔の夢のごとく散ってつくばいに近くかわるが わる花びらをこぼした紅白の山茶花も残りなく 落ち尽くした。三間半の南向きの縁側に冬の日 あしが早く傾いて木枯しの吹かない日はほとん どまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめ られたような気がする。

主人は毎日学校へ行く。帰ると書斎へ立てこも る。人が来ると、教師がいやだいやだと言う。 水彩画もめったにかかない。タカジャスターゼ も効果画ナイト一手や二目てしまった。子供は 感心に休まないで幼稚園へかよう。帰ると唱歌 を歌って、まりをついて、時々吾輩をしっぽで ぶらさげる。

吾輩はごちそうも食わないからべつだん肥りも しないが、まずまず健康でびっこにもならずに その日その日を暮らしている。鼠はけっしてと らない。おさんはいまだにきらいである。名前 はまだつけてくれないが、欲をいっても際限が ないから生涯この教師の家で無名の猫で終るつ もりだ。




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